#24)生きた証を残そう 〜本当の自分〜


FROM:小松一樹

ぼくはダイレクト出版の代表である小川さんのコピーが好きで「ザ・レスポンス」というサイトをよく見ている。
自ら今日は何か良い記事上がってないかなーって検索して訪問するユーザーなのでヘビーユーザーに入ると思う。
(ちなみにこの前もまんまとダイレクト出版の戦略にやられてしまい、本を購入してしまった、、、)
(ちなみにちなみに小川さんの記事ではなかった。悔しい、、、)

もし、あなたがコピーライティングに興味があるのならチェックしておいても損はないと思う。
ザ・レスポンスはこちら

その日も小川さんの記事を読んでいると印象に残った言葉があった。それは、、、

生きた証を残そう

7つの習慣の著者が使っていた「レガシー」を日本語版に解釈して「生きた証」
ちょうど今、7つの習慣の完訳版を知人から勧められて読んでいる最中だったので少し「ゾッ」とした部分もあったけど、この「生きた証」という言葉は素直にかっこいいなと思った。

生きた証を残すのは与えるというバリュー思考

生きた証を残した人ってどんな人だろう?と考えた時に、真っ先にばあちゃんの顔が浮かんだ。
ぼくのばあちゃんは既にこの世にいない。きっと今頃は天国でのんびりと暮らしているだろう。
ぼくのおばあちゃんは実家の近くに長男夫婦と住んでいて頻繁にうちに来てたので接する機会が多かった。で、今思い返すとばあちゃんはとにかく与えることのプロフェッショナルだった。

あなたのおばあちゃんはどんな人だろうか?
厳しいおばちゃん?かわいいおばあちゃん?お茶目なおばあちゃん?優しいおばあちゃん?、、、たぶん、全部じゃないかな?時に厳しく、時にお茶目で可愛くて、優しい。

ぼくのおばあちゃんはとにかくお節介な人で世話焼きだった。親戚一同でお盆や正月なんかに集まって夕食を食べる時も、自分の食事は二の次で、とにかくドンドン料理を作っては運んで作っては運んでの繰り返し、、、。
親戚から「もーいいから座って食べなや!」と言われても「私は後でもいいから、、、」といって遠慮してしまう。
でもそんな古き良き日本女性のおばあちゃんがみんな好きだったんだよね。

だって、亡くなった今もその話をみんなで笑顔で話せるのでそれっておばあちゃんが「生きた証」だと思う。

この与えるというバリュー思考は現代社会でかなり薄くなってきている。
昔、人々は支え合って生きてきた。地域コミュニティみたいに人と人が寄り添って生活している時代。
そしてインターネットが普及し始めてだんだん個人で生きたくなってきた。簡単に自分を全世界に発信できて、影響力を誇示できるいい時代な反面、人の心は疲れてきた。

で、そうなると自分中心の世界観で自分さえよければいいとか、相手の気持ちを考えることをしなくなったり、関係性が薄くなってしまった。

当然、誰かに何かを与えるというバリュー思考は無くなって好奇心を持たずにただ何となく毎日を過ごす人も多くなってしまったんだよね。

終わりを描くことから始める

ベストセラーとなった「7つの習慣」にとてもいいことが書いてあったので引用しようと思う。
是非あなたも真剣に読んでみてほしい。

ある(愛する人の)葬儀に参列すら場面を心の中に思い描いてみよう。あなたは葬儀場に向かって車を走らせ、駐車してから車を降りる。中に入ると花が飾ってあり、静かなオルガン曲が流れている。故人の友人たちや家族が集まっている。
彼らは別れの悲しみ、そして故人と知り合いであったことの喜びをかみしめている。

あなたは会場の前方に進んで行き、棺の中を見る。驚いたことに、そこにいたのはあなた自身だった。
これは、今日から3年後に行われるあなたの葬儀だ。ここにいる人々は、生前のあなたに対する敬意・愛・感謝の気持ちを表しに来ているのである。

あなたは席に着き、式が始めるのを待ちながら手にした式次第を見る。四人が弔辞を述べるようだ。
最初は親族を代表して、各地から集まってきた子供、兄弟姉妹、姪、叔母、叔父、いとこ、祖父母から一人。
二人目は友人の一人で、あなたの人柄をよく知っている人。
三人目は仕事関係の人。最後は、あなたが奉仕活動を行ってきた教会や自治体などの組織から一人。

ここで深く考えてみてほしい。これらの人たちに、あなた自身あるいはあなたの人生をどのように語ってほしいだろうか。
彼らの言葉で、あなたがどういう夫、妻、父、母だったと述べてほしいだろうか。
彼らにとってあなたはどのような息子、娘、あるいはいとこだったのか、どのような友人だったのか、どのような同僚だったのか。

あなたは、彼らに自分がどのような人物だったのかを見て欲しかったのか。その場に集まっている人たちの顔をよく見てもらいたい。彼らの人生に、あなたはどのような影響を及ぼしたかったのだろうか。

終わりを描くことから始めるとはどういうことなのか?

終わりを描くことから始めるというのは、目的地を決めてから一歩を踏み出すということ。
それは究極に考えると死ぬ時にどういう死に方をしたいのかということでもある。
普通、自分の死ぬ時なんて考えない。でも、もし死ぬ時を想像するとしたらあなたは悔しがって死にたいですか?それとも笑っていい人生だったと死にたいですか?笑っていい人生だったと言い残しこの世を去りたいですよね?

もっと具体的に考えてみると、
あなたは東京から旅行に行きたいと思いました。さて、どうしますか?新幹線乗ろう!って選択ではないですよね。
そもそもどこに行きたいのか?っていうところが空白のままです。そう、目的地を決めますよね。
じゃあ次、例えば東京から大阪に旅行に行こうと計画します。

そしたら次は?、、、どこに泊まろうか?という宿探しをしますよね。そして大阪には何で行こうか?となるはずです。そこで新幹線なのか車なのか飛行機なのか、、、という選択肢が出てきます。これはつまり目的地を決めてそこに行く(達成)までの階段作りをしているのと同じことだと思いませんか?

つまり終わりを描くことから始めるというのはどうなりたいのか?(目的地)を決めてそれを達成するための階段を作り、一歩を踏み出すことです。

自分に正直に生きてますか?

あなたは本当に自分に正直に生きてますか?もちろん、世の中にはうまくいかないこともあるし、我慢しなければいけないことも沢山あります。でも、本音を自分自身で押さえつけて騙し騙し生きていないでしょうか?
ぼくは「働き方」に興味があるので、「働き方」で考えてみると、本当に会社員だけの人生を望むのでしょうか?

多分、この世の中に会社員を全うしたいドMな人なんて存在しないのではないかと思います。
だってもし、会社員として働かなくても生活できるようにしてあげるよ!って言われたら「じゃあ、お願いします」ってなりますよね。これが本音。

でもそんな状況はありえないので自分で変化していくしかないんです。そこで重要なのは自分の気持ちで自分に正直に行動すること。どこかで誰かが言っていた私の辞書に不可能という文字はないというのは自分自身の思考ブレーキを外してどうすればいいのかを考えるいい考え方だと思います。

そしてどうせなら好きな仲間と自己実現をしたいと思いませんか?生きた証を残しましょう。

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参加者は20代で構成していて社会人が多いです^^食って飲んでも3000円ぐらいで収まる赤羽クオリティを楽しみませんか?随時参加者募集しています!ご連絡は小松まで→LINE ID hokubeisan

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1986年06月30日生まれ。静岡県御殿場市出身。 8年間の会社人間生活(社畜)と転職5回、受ける会社は90%内定獲得の経験を活かして会社員を軸足に転職支援やパラレルキャリア支援の仕事をしています。 枠を取っ払い常識に革命を起こすという理念を掲げ、「家でも会社でもない第3の場所があれば人生は劇的に楽しくなる」という考え方の元「働き方」に関する活動をしています。 車のことが引くぐらい好き。

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